第五章・いのちの時代 連載第百四十四話 猶予の二週間

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第五章・いのちの時代 連載第百四十四話 猶予の二週間

第五章・いのちの時代
連載第百四十四話「猶予の二週間」

先生をお送りしたあとに、思いがけないことが起きた。

火葬場の予定が、押さえられなかったのである。

武漢肺炎のあと、超過死亡が高くなったためであろうか。そのあたりの理由は、彼には分からない。ただ、順番を待つよりほかになかった。人が亡くなるということが、これほど社会の都合に左右されるものだとは、それまで考えたこともなかった。

そこで、お嬢さんがとられたのが、エンバーミングという手法であった。ご遺体に化学的な処置をほどこし、腐敗を防ぐのだという。

彼にとっては、初めての経験であった。特別養護老人ホームで働き、訪問介護の現場を知り、幾人もの旅立ちに立ち会ってきた身である。旅立たれた方のお身体を清め、整える作法にも、覚えがあった。それでも、この手法だけは知らなかった。世の中には、まだ自分の知らない別れの支度があるのだと思った。

そうして、逝去されてから告別式、通夜まで、都合二週間ほどの時間がかかることになった。

二週間である。

普通に考えれば、長すぎる。先生はもうおられないのに、まだお送りしていない。宙づりのような日々である。

ところが、そうではなかった。

この二週間が、卒業生たちにとって、先生との最後のお別れの機会となったのである。

青梅慶友病院へ見舞いに来られた教え子は、延べ数十人にのぼった。けれど、来られなかった人のほうが、はるかに多かったはずである。仕事があり、遠方に暮らし、あるいは先生の様子を知る手立てのなかった人もいただろう。多磨塾で鍛えられ、世に送り出されていった人たちである。それぞれが、それぞれの人生を背負っていた。

その人たちに、二週間が与えられた。生前に見舞うことのかなわなかった塾生たちが、事前に、先生へいとまの挨拶をすることができたのである。

通夜と告別式の数日であれば、こうはいかなかった。知らせが届き、都合をつけ、駆けつける。それだけの時間が、ちょうど必要だったのだ。

歳月を経た今、振り返って、思う。社会の都合というものは、たいてい人の悲しみを急かす側に働く。会いたい人に会わせず、別れの時間を削り、事務の手順へと押し流してゆく。ところがこのときだけは、それが逆に働いた。押さえられなかった火葬場の予定が、遠くにいた教え子たちを、先生のもとへ間に合わせたのである。

生かされて、今を、存在する。何が幸いするかは、その時には分からない。分かるのはいつも、ずいぶんあとになってからである。

先生に最後のいとまを告げるために、方々から集まってこられたあの人たちの姿を、今も、自分は、確かに、覚えている。


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